昨日は64回目の
終戦の日でしたが、もう64回目ですか・・・って感じがします。
そして、残念ながら年々存在が希薄化している気がします。
そんなことはない、と言う人もいるかもしれませんが、私の個人的な感覚としては間違いなく薄くなっています。
64年もの歳月が過ぎ、日本人の人口のうち75%以上が戦後生まれとなった現在、戦争にリアリティを感じない人・リアリティが薄くなっていく人、が増えるというのはやはり避けられないのでしょうか。
私は今年34歳になりましたが、私が小学校の頃、今から25年ほど前の頃は戦争からまだ40年しか経っていなく、64年というのは「おじいちゃんおばあちゃん世代の記憶」ですが、40年というのは「おとうさんおかあさん世代の記憶」なわけで、今よりもずっと身近でずっとリアリティがありました。私の両親は昭和21年生まれと昭和25年生まれで、ギリギリ「戦後生まれ」なのですが、私が小さい頃から、両親は祖母や曾祖母に戦争の話を聞きなさいとことあるごとに言い、私は祖母と曾祖母から戦争の悲惨さを聞かされて育ちました。
小学校でもやはり熱心に反戦の教育とか、戦争の記憶を薄れさせないために、ということをしていました。
ですので、私の小学生時代の8月15日の思い出と言えば、
・お盆が過ぎて海にクラゲが出始める
・昼間、ツクツクボウシが、夕方、ヒグラシが、鳴くようにになる
・梨が甘くなってくる
・甲子園
・夏休みの友(夏休みの宿題の定番)
といった、もうすぐ夏が終わってしまう、夏休みがあとちょっとしかない、もうすぐ涼しくなってしまう、という寂しさや焦りを感じるイメージが強いのですが、それらを超えてやっぱり終戦記念日の重いイメージが思い出されます。甲子園のサイレンと、終戦の日の特別なサイレンのイメージの重なり、ってのもありますが。
とにかく、今よりももっと色が濃くて、鮮明で、もっとリアリティがあって、もっと世の中の多くの人が「ついこないだの、口の中に鉄の味が広がる苦い経験」と感じるようなもので、それが社会全体の多くの人が共有する、みんな同じ気持ちを共有してるぞ感が強かったように思います。
それがやっぱり年々薄くなってきて、自分の中でも残念ながら希薄化してて、64年という歳月と、人口の75%が戦後生まれになったということ、ではしょうがないことなのかもしれませんが、いかんよなぁと思います。
当時開戦を煽り、政府に都合のいいことだけを報じ、事実を歪曲し、真実と異なる報道をして国民を盲目化したのが当時の新聞社であり、その新聞社にそれを知らない戦後生まれの人たち入社し、その新聞社の中の社員の大半がまた戦争にリアリティを感じない世代になっていく・・・なんか焦りすら覚えますよね。
いや、私も34歳という年齢で、日本が高度経済成長を終えて豊かになって、多くの家にもテレビがあるようになって、沖縄が返還されて、の後で生まれた人間で、どっちかっていうと、アメリカスゲー、アメリカカッコイイ、アメリカ万歳、福留さんが「ニューヨークに行きたいかぁー!」とシャウトするのを聞いて育った世代なもんで、私より前の世代の方々に比べるとまだまだ意識が低いと思うんですが、それでも、私はギリギリまだリアリティを感じることができた世代、だと思うので、自分より下の世代にはもっともっと遠いもの、フンワリとした、リアリティのない存在になっちゃってるんだろうなぁ、という焦りを覚えます。
というわけで、甲子園の中継中に黙祷する高校生(当時は高校生のお兄ちゃんたち、今は高校生の若者達・・・)の後ろで流れるサイレンの音で呼び起こされる記憶に背中を押され、焦りを感じさせられ、とりとめもない話をしてしまいました。
戦争の記憶を社会全体の中で希薄化させちゃいけない、と私は思います。
でも、残念ながら希薄化している、のが現実じゃないかなと私は思います。
だから、知ってる人が伝えていかないといけないんじゃないかなと私は思います。
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